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    日立ソフトボール部のブログです。
    選手たちの色々な素顔をお届けします!
    また、ソフトボールが大好きな人だけではなく、ソフトボールをあまり知らない人や、ちょっとだけ興味を持ってくれた人など、みんなに 「ソフトボール」の魅力を存分にお伝えしていきたいと思っています。

応援団便り

2016年4月15日 (金)

応援団長メッセージ

日頃より日立ソフトボール部に温かいご支援と力強いご声援を頂きありがとうございます。
いよいよ明日、日本リーグが開幕します

オフシーズンは、チーム全員が高い目標を掲げ、厳しいトレーニングを自発的に行ってきました。個人の力、チームの力とも確実にレベルアップしています。
あとは、みなさまの応援でチームを後押しすれば、目標達成は間違いありません。


さて、今回は団長になって初めての記事ですので、少し歴史を振り返った上で、応援の楽しさをお伝えします。

日立ソフトボール部は1985年に旧ソフトウェア工場のシンボルスポーツとして誕生し、今年で32年目のシーズンを迎えます。
創部当初は、地元の戸塚高校の選手を中心に選手14名、スタッフ3名でスタートしました。今や選手23名、スタッフ7名の大所帯です。

当初応援団は15名在籍していたものの、太鼓やユニフォームもなく、今のような職場と一体となって応援するスタイルを確立するまでに、何年もかかったそうです。

また、この競技を選んだ決め手は、「ソフトウェアだからソフトボールでしょ!」という話を聞きますが。。。
理由はともかく、30年以上も継続出来ているのはすごいと思いませんか?


私は先輩方が残してくれた日立ソフトボール部をフルに活用したい、と思っています。
そのためにはまず、みなさまにソフトボール応援の楽しさを知っていただくのが第一です。

プロスポーツだと選手の存在が遠くなってしまいますが、日立ソフトボール部は職場に所属する若手女性従業員が選手です。
そんな身近で伸び盛りの選手達が、国内や海外の強豪チームと戦っていますので、我々の応援次第で勝敗が大きく変わってきます。

昨年の保土ヶ谷3連戦では地鳴りがするほどの声援を送った結果、太陽誘電戦では最終回3点負けている状況から逆転、ビックカメラ戦では最終回5点負けている状況から一発同点のチャンスを作ることができました。
この2試合で「応援する=一緒に戦っている」という感覚を初めて味わいました。
スタンドからの応援は自チームを後押しするだけでなく、相手チームを委縮させ、結果として有利な状況に持ち込めます。
応援の力で試合展開を変えられるので、応援する側もやる気と責任感が沸いてきます。


試合会場での応援が一番迫力あるのですが、いきなり足を運ぶのは難しいかもしれません。
まずはホームページやこのブログで選手プロフィールや試合結果のレポートを見たりしながら、チームのことを気にかけてください。
日立のファンが盛り上がれば、他のチームのファンも刺激し、ソフトボール全体を盛り上げることができます。
このプロセスが日立ソフトボール部を日本一に押し上げ、更には東京オリンピックでのソフトボール復活の道につながっていきます。


今シーズンも熱いご声援を何卒宜しくお願いいたします!!

Photo

2013年4月26日 (金)

【日本リーグ開幕戦 白星スタート!!】 応援団長 越智 康

 こんにちは、応援団長の 越智です。
 遅くなりましたが、開幕戦の応援ありがとうございました。
 ナゴヤドームには大勢の方が駆けつけて頂いて大盛り上がりでした。
 特に最終回の守備のファインプレーからサヨナラ勝ちのところは、新入社員の若者たちも立ち上がっての声援で大興奮!これでもうみんな熱心なファンになってくれたことでしょう。
 逆にブログをご覧になっていた方はドキドキしながらの応援だったかもしれませんね。毎試合こんなドラマチックな展開をされると、私も心臓が持たないかも...
 ともあれ、大事な初戦を勝利しチームも勢いに乗り、応援団もすっかり調子に乗っています!このまま連勝し、優勝めがけて突っ走るイメージしか浮かびません。
 次節の愛媛大会はゴールデンウィーク中ですが、ぜひブログをチェックして頂いて球場と心を一つにして応援よろしくお願いいたします。
 

日立ソフトボール部公式ホームページはこちら

2010年12月27日 (月)

想い出に残る試合ベスト5(こんなことも編)

 さて、今回は「こんなことも編」です。
 変わった記録や「えっ、こんなこともあったの?」みたいなものを紹介します。

●第5位: 超特大のホームラン!!!
 1991年日本リーグ1部第1節 日立ソフトウェア ○3-2 トヨタ自動車

 1部リーグ初年度の第1節。4番、史の一発はセンター頭上をはるかに越え、
 隣接していた反対側のグランドのスタンドを直撃。この後、史は走者がいても
 いなくても相手チームから3打席連続敬遠される。翌年の高校野球の甲子園で、
 現在、大リーガーの松井が5打席連続敬遠されたが・・・

●第4位: 6回まで相手投手にパーフェクトを喫するが・・・
 1994年日本リーグ1部第4節 日立ソフトウェア ○5-0 日本精工

 あれよあれよという間に、相手投手になんと!!6回まで完全試合を
 続けられる。さあ、最終回の攻撃は・・・?

●第3位: 外野フェンスのポールは、この試合がきっかけ???
 1994年日本リーグ1部第2節 日立ソフトウェア ●4-5 日本電装

 4-5と1点ビハインドで迎えた6回裏、走者2人を置いて中島(宏)の当たりは・・・ 
 出た!! 逆転3ラン!!!! と思われたが、判定は・・・???
 その後、外野フェンス脇にポールが設置されるようになったのは、この試合がきっかけか?

●第2位: えっ?!?! 日没再試合??
 1991年日本リーグ1部第1節 日立ソフトウェア 0-0 豊田自動織機

 1部リーグの試合といえど、照明設備が無いグランドでやっていたときは、こんなことも・・・

●第1位: 石川の連続イニング無失点記録がまさかの守備で途絶える
 1999年日本リーグ1部第6節 日立ソフトウェア ●0-1 大徳

 エース石川が70回1/3という日本人投手の驚異的な無失点記録を続ける。
 しかし、タイブレークでの挟殺プレーでまさかまさかの・・・ それでも、
 イニング数から換算すると10試合完封という数字であり、やはり石川は
 大投手であった。

****** 日立ソフトウェア女子ソフトボール部 応援団 広報班 ******

2010年12月22日 (水)

想い出に残る試合ベスト5(感動編:個人)

さて、今回は「感動編:個人」です。
チームには数多くの感動をもらってきましたが、その中で特に個人に対しての
印象が深いベスト5を紹介します。

●第5位: 新人高橋、初先発でいきなりの完封勝利
 1998年日本リーグ1部第3節 日立ソフトウェア ○4x-0 日通工

 新人の高橋が初先発ながら、チェンジアップを有効に使っての快挙。エース石川と
 良く似たタイプで、途中まで石川が投げているのかと錯覚したくらい。その後、故障に
 苦しんだが、ルーキーの初登板初完封はお見事。

●第4位: 千葉、途中代打で決勝タイムリー!
 2001年日本リーグ1部第3節 日立ソフトウェア ○4-3 日立高崎

 この試合、まずは土壇場での黒田の奇跡的な逆転ホームランが飛び出すが、
 すぐに追い付かれて延長へ。サヨナラのピンチも何回かあったものの、幸運が
 重なり切り抜けた試合。9回表、新海がエンドランを仕掛けるが自打球を顔に
 当てて負傷。2(S)-1(B)のカウントから代打の千葉が決勝タイムリー!
 とにかく、7回から波乱含みの内容であった。

●第3位: 遠藤の最終登板にスタンドの応援団にも涙が・・・
 2008年日本リーグ1部第10節 日立ソフトウェア ○4x-2 レオパレス21

 この年からプレイヤー兼バッティングピッチャーを務め、チームを影から支え続けて
 きた遠藤。元エースのリーグ最終戦でのシーズン初登板は、これが引退試合になると
 いうことでの監督の計らい。そういう事情を知っているスタンドの応援団は、遠藤の
 最後の勇姿を見て涙する人が多かった。

●第2位: 田本、大怪我からの復帰でタイムリー!
 2002年日本リーグ1部第1節 日立ソフトウェア ○13-1 太陽誘電

 2000年、初優勝した決勝トーナメントでの準決勝。外野フライの守備で交錯し、
 田本が足に大怪我を負う。しかし、1年間のリハビリを経て復帰。復帰戦ともなった
 開幕節で、その田本が見事なタイムリー! さらに盗塁も決めるなど完全復活。
 この日が来ることを信じ、1年間苦しいリハビリに黙々と取り組んだ成果が、
 見事に花開いた瞬間であった。

●第1位: 石川、創部初のノーヒットノーラン達成!
 1997年日本リーグ1部第3節 日立ソフトウェア ○1x-0 東邦銀行

 エース、石川が創部初のノーヒットノーラン達成!実は最終回二死まで完全試合を
 続けていたが、最後のバッターに痛恨の死球。しかし、続く打者をセカンドゴロに
 仕留めて偉業達成。このときの二塁手は斎藤であったが、最後の打球処理の守備
 動作がぎこちなかった思い出がある。実は斎藤だけでなく、野手全員が緊張感に
 包まれているのがスタンドにも伝わってきていた。
 なお、石川は翌年にもノーヒットノーランを達成する。

****** 日立ソフトウェア女子ソフトボール部 応援団 広報班 ******

2010年12月13日 (月)

想い出に残る試合ベスト5(感動編:チーム)

さて、今回は「感動編:チーム」です。
チームには数多くの感動をもらってきましたが、その中で特に印象が深いベスト5を
紹介します。

●第5位: 五大都市大会での優勝
 1988年五大都市大会

 県内の大会では優勝するものの、全国的な大会での優勝は創部4年目にして
 これが初めて。5つの都市の大会であり、全国大会とまでは言えないものの、
 それでも各都市の代表チームは全てが格上のチーム。それらを撃破しての
 優勝であった。

●第4位: 創部以来、初めての3大大会での優勝
 1996年国民体育大会全国大会(広島国体)

 1部リーグ、国民体育大会、全日本選手権は3つの大きな全国大会に数えられる。
 この中の一つ、国民体育大会全国大会(広島国体)で日立ソフトウェア単独チームの
 神奈川県が優勝。チームにとっては、創部以来、初となる3大大会での優勝であった。

●第3位: 厳しい条件の入れ替え戦を勝ち上がり、2部リーグ昇格
 1989年日本リーグ2部入替戦

 3部から2部に上がるための入れ替え戦。実はこの入れ替え戦に出るためには、
 3部リーグ内での入れ替え予選を勝ち抜き、2チームに残ることが最初の関門。そこを
 勝ち上がり、さらに2部リーグの下位2チーム相手に2勝することが条件。
 今から思えば、3部から2部に上がるための条件が一番厳しいものであった。

●第2位: 白い旋風 一気に2部を駆け抜ける!
 1990年日本リーグ2部第3節 日立ソフトウェア ○2-0 松下電工

 創部以来の目標であった日本リーグ1部入りを達成した試合。前年に2部リーグ
 入りを果たしていたが、圧倒的な強さで2部で勝ちまくり、わずか1年で無条件1部
 リーグ昇格。
 マスコミからはユニフォームの色をもじって「白い旋風 一気に2部を駆け抜ける」と
 取り上げられた。

●第1位: 創部以来、悲願の1部リーグ制覇!!
 2000年日本リーグ1部決勝トーナメント

 なんといっても、初優勝を果たした決勝トーナメント。
 準決勝で田本が大怪我を追うものの、決勝ではベンチの中から車椅子で大きな
 声を上げ、これに応えて石川はノーヒットピッチング。打者も球に食らいつくようにして
 点をもぎ取った執念の勝利。
 トーナメントの初戦から、出場選手、控えの選手、全員で勝ち取った栄光であった。

●番外編: 日本、オリンピックでの悲願の金メダル!!
 2008年北京オリンピック

 これは1位では? という人も多いかもしれないが・・・
 しかし、やはり日立ソフトウェアのチームを優先にベスト5を選出。ただし、北京
 オリンピックは、なんといっても、西山、山田、馬渕が打ちまくり、斎藤JAPANが
 悲願の金メダルをもたらした事は、日本中を感動の渦に巻き込んだ。
 北京のスタジアムで応援していて、我々が金メダルを確信したのは、オスターマンから
 山田がホームランを打った時であった。

次回もお楽しみに!

****** 日立ソフトウェア女子ソフトボール部 応援団 広報班 ****** 

2010年12月 8日 (水)

想い出に残る試合ベスト5(あの人が…編)

シーズンオフに入りソフトボールの話題も少なくなってきましたが、こんな時こそ
ベスト5シリーズでお楽しみ下さい!
今回は「あの人が・・・編」と題し、後に主力選手となった人の話題に触れて
みたいと思います。

●第5位: 入部1年目から大活躍の斎藤でも
 1988年公式戦試合結果

 入部1年目から打順はクリーンナップ、守備では不動のショートの大型新人斎藤。
 華麗な守備とともに、打撃は1年目からホームランを含む長打の連発で大活躍。
 しかし、記事には残っていないが、そんな斎藤がサヨナラスクイズを決めたゲームが
 あった。

●第4位: 藤本、チームバッティングで勝利に貢献
 2000年日本リーグ決勝トーナメント 準決勝、決勝

 長年に渡って正捕手の座を守り続けてきた藤本。守備の人と思われがちだが、
 打撃は長打はないものの、エンドランなどのチームバッティングで大いに貢献。
 その真価が発揮されたのが、1部リーグ初優勝を飾った2000年の決勝トーナメント。
 準決勝、決勝と2試合連続で重要なエンドランを見事に決め、優勝に大きく貢献する。

●第3位: 努力は裏切らない
 2000年日本リーグ1部 来條、首位打者&ベストナイン獲得
 2001年日本リーグ1部 黒田、ベストナイン獲得

 1997年同期入部の来條と黒田。
 来條は3年目でレギュラーを獲得し、その翌年にはリーグ初優勝に貢献。さらに、
 ベストナインと首位打者を獲得する。
 黒田は5年目にレギュラーを獲得し、その年にいきなりのベストナイン。
 入部以来、お互い控えの座にありながらもコツコツと努力を積上げ、一気に開花
 させた苦労人である。
 やはり、日頃の努力は裏切らない。
 ちなみに、日立ソフトウェアには、3~5年かけてレギュラーを獲得している選手が
 結構多い。

●第2位: とてつもない新人登場!
 2002年日本リーグ1部第3節 日立ソフトウェア ○8x-0 デンソー

 新人で1番センターのスタメン。いきなりルーキーでホームラン王、打点王、得点王、
 盗塁王、連続安打記録など、数々の賞を総なめにするとともに、数々のリーグ記録も
 樹立。終盤、首位打者の可能性もあり、新人での三冠王が届くところまできたが・・・
 しかし、一歩及ばず。
 さて、このとてつもない新人は?

●第1位: 馬渕の苦いデビュー戦
 2000年日本リーグ1部第1節 日立ソフトウェア ●0-2 シオノギ製薬

 開幕戦で馬渕が新人でデビュー。6番センターのスタメンで出場するが、自らの
 トンネルでタイムリーエラーを犯してしまう。打撃も3打数ノーヒット2三振と、あまり
 にも苦いデビュー戦。試合終了後、泣きながらバットを振っていた姿が印象的。
 しかし、この悔しさがあったからこそ、後の馬渕が誕生したのだと思う。

次回もお楽しみに!

****** 日立ソフトウェア女子ソフトボール部 応援団 広報班 ******

2010年11月18日 (木)

激動の2010年シーズンを振り返って ~応援団便り  団長 管正志

全国各地の多くの日立ソフトウェアのファンの皆様、選手ご父兄の皆様、また
日立グループの従業員・後援会の皆様から心温かいご声援、また激励や力強い応援を
頂き、日本リーグは2006年以来の準優勝という成績でシーズンを終えることができました。
心から感謝申し上げます。

 さて、今シーズンを振り返りますと、4月10日に行なわれました日本リーグ開幕戦では
対豊田自動織機戦にチームが一丸となって戦い、8対0の大差の勝利でスタートを切りました。
しかし、中盤戦ではチームの持ち味が出せず、ここ一番で勝ち星を得ることが出来ない時期が
続き、前半戦を単独4位で折り返しました。
 後半戦は苦戦しながらも、勝たなければ今年のリーグ戦が終わってしまう試合では、皆様からの
熱烈な応援や、熱い応援メッセージなどの強い後押しがあり、チームや選手が実力を発揮して、
勝利を得ることが出来ました。
 最終節の地元保土ヶ谷大会(10月16、17日)のHonda、デンソー戦では、2日間で延べ2600名を
超える方々が球場に駆けつけて下さり、オレンジ色に染めた大応援団を結成することが出来、
各選手がシーズンの中でも最高のプレーで、チームは自力で決勝トーナメントへの出場切符
(4位)を手にする喜びを提供してくれました。
 そして、11月6、7日に行なわた、わかさスタジアム京都での決勝トーナメントでは、世界の
超一流ピッチャーのバークハート投手(豊田自動織機)や上野投手(ルネサスエレクトロニクス)と
対戦し、多くの皆様の応援力の下、一投一打に魂を込めた各選手の執念あるプレーとチームが
一丸となって、見事、勝利を得ることが出来ました。
 決勝戦では惜しくも優勝を逃して、準優勝となりましたが、監督、選手、スタッフの皆さんから、
数多くの感動をもらうことが出来ました。
 改めて、ありがとうございました。
 その中でも、馬渕智子外野手は、一年を通してのリーグでの活躍が評価された結果、3年連続
7回目のベストナイン賞を受賞されました。

 また、11月19日~26日に、第16回アジア競技大会が中国の広州で行われます。
 我が日立ソフトウェアからは、斎藤ヘッドコーチ、亀田マネージャ、篠崎トレーナーのスタッフ、
藤原麻起子投手、西山麗内野手、濱本静代内野手、山田恵里外野手、馬渕智子外野手の
5選手が出場します。
 6月23日~7月2日に行なわれたベネズエラでの世界選手権では銀メダルに終わりましたが、
日本リーグで発揮した力で、日本チームを引っ張って、金メダル獲得することを切望しています。
 皆様の温かい応援の程、よろしくお願いします。

 最後に、今年はおかげさまで日立創業100周年の記念の年ですが、各地でのリーグ戦を始め、
国体予選、全日本総合選手権の試合では多くの皆様が応援団と一丸となった、大声での活発な
熱い応援やブログでの温かいメッセージを頂き、素晴らしく感動的な応援を実現することが出来た
年であったと思います。
 本当にありがとうございました。

 来年も、日立ソフトウェアのスローガンにある『一投一打に魂を込めて 目指せ「栄冠」我らが
戦士』にチームは徹し、皆様から心温かいご声援、激励、応援、メッセージを頂き、チーム、ファンの
皆様、応援団が一丸となって、栄冠を勝ち取るような感動的な試合が展開できることを祈願して
います。
 引き続き、ご声援や応援の程、よろしくお願い致します。

 皆様のご健康とご多幸をお祈りするとともに、2011年が最良の年となりますことを祈念致します。
 来年、また皆様と球場で、共に応援が出来ることを楽しみにしております。

日立ソフトウェア女子ソフトボール部 応援団長 管 正志

2010年10月29日 (金)

応援団便り ~応援班:松井

応援班の松井です。

試合は勝つか負けるかわからない。そんな試合を勝つと信じて応援するから面白い。
そんな思いで応援を始めて早7年が経ちました。

そんな思いも、特訓で真っ暗になってから戻ってくる選手を見かけるたびに、
また試合でミスをしてしまった選手や試合に出ることができずに悔し涙を流す選手を
見かけるたびに少しずつ変わってきました。

今では、少しでも選手の励みになれば良いなという思いで応援をしています。

さて、保土ヶ谷の2日間は気持ちのいい勝利で西京極行きを決めてくれましたね。
西京極へ連れて行ってくれた選手に先ずは感謝です。

西京極まで直接応援に行けない人もいると思いますが、日立ソフトウェアを
応援する気持ちはどこで応援していても変わりません。
選手を信じ、少しでも選手の励みとなるように全員一団となって応援しましょう!

日立ソフトウェア女子ソフトボール部
応援団 応援班 松井

Ashiato

2010年10月26日 (火)

応援団便り~音楽班ウラ話 音楽班:佐藤(章)

音楽班トランペット担当の佐藤(章)です

日本リーグ後半戦の第10節では、選手の活躍と、保土ヶ谷球場のスタンドを
オレンジ色に染めあげた応援団の声援で、日本一への切符を手にしました。
この勢いを駆って京都で3連勝し、創立100周年の記念すべき年に大輪の花を
添えましょう。

さて、応援団は声援だけでなく、太鼓と管楽器の音楽班も活躍しています。
今回は、音楽班のウラ話をご紹介したいと思います。

音楽班の基本パターンは、

①フィールディングでの全選手曲演奏
 5分間で全選手のテーマ曲を演奏するので、終わったら息切れで大変なことに
 なってます(笑)。最近の音楽班の悩みの種…平均年齢が高いこと(←内緒です)。

②選手が打席に入るときに、太鼓担当の「ピッピッピッ」の笛で「選手テーマ曲」を演奏。

③投球直後にアンパイアの判定を見て、三振やフォアボールでなければ リーダーの
 「セーノ」の掛け声で「選手テーマ曲」の後半を吹きます。リーダーはカウントを確認
 しながら合図を送るので大変です。

④ファウルのときは 「ピッピッピッ」の合図で「選手テーマ曲」演奏。時々敵陣の
 スタンドから聞こえてくる 「ピッピッピッ」で演奏しそうになりますが・・・(笑)

⑤出塁した時は、突撃ラッパ(?)のあとに「アイヤ」を演奏して応援席を盛り上げ、
 ラッパを吹きながらスコアボードをチラ見して次の打者の演奏に入ります。

⑥得点したときは「プリプリ」(以前は「オーレ」)を吹いて盛り上げ、歓喜の渦最高潮の中、
 引続き次の打者の演奏に入ります。

⑦チェンジの合間には、いろいろな曲を演奏して楽しんでいただけるよう工夫しています。

そのほかに、実践ではこんな場面も
投手がセット後、鳴り物などの応援禁止というのは皆さんご存知ですよね。ピッチングの
間隔が短い投手や長い投手まちまちですが、間隔が短い投手は音楽班泣かせです。

得点差が大きいときは代打の可能性ありで監督の動きに注意・・・チャララ~・・・
「仕事人」の準備です。
音楽班にも仕事人がおり、阿吽の呼吸(?)で演奏に入ると一瞬応援席が静まり、
そのあと歓声に。ソロで吹くのはいい気分。・・・・・・失敗さえしなければ(笑)

ファウルなどで同じ曲を連続して演奏するときなどは、応援が単調にならないように
違う旋律を吹いて、ハモったりします。
ラッパを吹きすぎて熱くなった唇は、缶ビールの缶で唇を冷やしますが、飲むのは
終了までお預け!

また、こんな失敗談も。
楽勝だからと7回表に早くも楽器を片付けたら、投手交代であわてて楽器を準備したり、
同点に追い着かれ楽器をもう一度準備するなんてこともありましたが、以来ゲームセットの
コールを聞いてから楽器を片付けるようにしています。

応援の合間を見て、音楽班をこっそり観察してみてください。
明日からソフトボールの別の楽しみ方ができるかも知れませんよ。
引続き、応援をよろしくお願いいたします。

日立ソフトウェア女子ソフトボール部
応援団音楽班  佐藤(章)

2010年8月26日 (木)

想い出に残る試合ベスト5(ヒヤヒヤドキドキ編)

さて、今回は「ヒヤヒヤドキドキ編」です。
試合内容に応援団がヒヤヒヤ、ドキドキした場面のベスト5です。

 

●第5位: 1点差に迫られなおも一死満塁ボール3
 2003年日本リーグ1部第9節 日立ソフトウェア ○3-2 ミキハウス

 相手エースのM・ローチから3点を奪うものの、1点差に迫られ、なおも一死満塁で、
 しかも遠藤のカウントはストライクが入らずボール3。ここから、見ている側は一球
 ごとに目をつぶってしまう状況であった。
 しかし、ここで遠藤は見事に1-2-3の併殺打に仕留めてピンチを脱する。
 でも、応援団は寿命が縮まった。

 

●第4位: 1点ビハインドの最終回二死、山田のショートゴロは・・・
 2005年日本リーグ1部第7節 日立ソフトウェア ○2-1 大鵬薬品

 ホームラン1本を喫して、あれよあれよという間に最終回。二死三塁で山田の打球は
 ショートゴロ・・・
 「えっ? 負けるの?」
 と思われた瞬間、山田が俊足を飛ばして一塁へ頭からスライディング!
 判定は・・・?
 山田の足が送球より若干速く、なんと、単なるショートゴロを内野安打にしてしまい、
 土壇場での同点!
 直後に馬渕の当たりで山田は一塁から一気に生還し、あっという間の逆転劇。
 山田の足で勝った試合であった。

 

●第3位: 瀬川、強力打線相手を封じ込めるが、最終回、手に汗握る場面が・・・
 2007年日本リーグ1部第7節 日立ソフトウェア ○1-0 豊田自動織機

 瀬川が強力打線相手に絶好調。6回を3安打に封じ初回に挙げた1点を守りきる。
 最終回、藤原がリリーフするが、二死二、三塁の一打逆転サヨナラの大ピンチ。しかし、
 最後は凡打に打ち取りゲームセット。
 思わず手に汗を握ってしまった。

 

●第2位: 死闘、延長15回、突き放しても突き放しても・・・
 1990年日本リーグ2部第3節 日立ソフトウェア ●2-3x 日本精工石部

 これに勝てば1部リーグ昇格決定となる試合は壮絶な死闘に。
 「1部リーグ昇格おめでとう!」の横断幕も、延長に入って1点を奪うたびに準備するが、
 その裏の相手の攻撃で追い付かれ、横断幕を出したり、仕舞ったりの繰り返し。
 延長に入ってから、毎回、祈るような気持ちであったが、結局・・・。

 

●第1位: 1点リードの最終回、二死満塁ボール3
 2010年日本リーグ1部第1節 日立ソフトウェア ○1-0 Honda

 1点リードしたまま最終回の相手の攻撃。藤原は二死まで漕ぎつけるが満塁の
 大ピンチ。さらに、ここでストライクが入らずボール3。一球でも外れれば押し出しで
 同点の場面。さらに、相手打者はこの日、一番当たっているトップバッターであり、
 甘い球も許されない。
 1ストライクの後の5球目、打球は快音を残してレフトへ・・・

 

次回もお楽しみに!

 

 

****** 日立ソフトウェア女子ソフトボール部 応援団 広報班 ******

 

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