
前半戦の最終戦で負けた相手だったので、その悔しさを
ぶつけるべく試合に臨みました。
常に追われる苦しい試合展開でしたが、私達が必ず勝つという
強い気持ちを持ち続けた結果が、勝利に繋がったと思います。
また、この勝利は、遠い場所にも関わらず応援に来て下さった方々や、
私たちの勝利を信じてくださった方々の応援のパワーのおかげです。
本当にありがとうございました。
監督の地元で2連勝することができ、本当に嬉しく思います。
私たちはまだまだこんなものではありません。
一戦一戦もっともっと強くなります。
見ている方々に元気と勇気を与えられるようなプレーや試合を
お見せできるよう、次の2戦も頑張りますので、ご声援宜しく
お願い致します。
#25馬渕
私には父・母・姉・妹がいます。
父は仕事が忙しくなかなか球場の方に来れないのですが、試合の日と休みが重なると
疲れている中でも応援に来てくれます!
母と姉や妹は練習試合とかでもよく応援に来てくれます!!
母は写真を取るのが大好きで試合を見に来る時はいつもカメラを持ち歩いています!
(大抵、キャップを被ってカメラを持っているので見つけてみてください(^曲^)笑)
姉は母が撮った写真をパソコンで編集してDVDを作ってくれます♪
試合を見に来る度に作ってきてくれて日に日にバージョンアップしてるので毎回感動
させられます☆
妹はちょっとした事でもメールしてきてくれていつも笑わせてくれます(^▽^)
この前は
「今、野良猫が鳥の雛を銜えて雛がめっちゃピーピー鳴いていて可哀想だよー(T∩T)」
ってメールが来て
「そう思うならメール打つ前に助けてあげればいいのに( ̄▽ ̄;)」
って思いながら苦笑いしちゃいました。
こんな感じで私はいつも家族に元気をもらい支えられています!
そんな家族の為にも、自分が試合に出て日本一に貢献できるよう、常に前向きに
これからも頑張っていきます!!
#22眞鍋
私がソフトボールを始めたきっかけは、元々小学生の頃に兄の影響で始めた
野球です。
中学生になり、野球を続けるかソフトボールをするかとても悩みましたが、やはり
思春期ともなると男の子との力の差を感じたということもあり、新しい環境でソフト
ボールをしてみるのもいいかなと思い、始めました。
最初は、ボールの大きさも全く違うし、野球とソフトボールではボールの軌道が
全く違う為、三振ばかりして悔しかったのを覚えています。
(ちなみに高校生までバッティングをしていました)
ピッチャーを始めたのは中学1年生の時で、3年生が引退してすぐにピッチングを
習い始めました。同級生が自分を含めて二人しかいなかったので、必然的に
どちらかがピッチャーでどちらかがキャッチャーという流れになり、私がピッチャーを
やる事になりました。
それが私のピッチャーとしての始まりです。
ちなみに私の父親は学生時代に野球をしていた事もあり、ソフトボールに対して
とても熱心で、毎週末、外部コーチの元に一時間以上かかる道のりを車を走らせ
通わせてくれていました。
そんな父のお陰で今の私があると思っています。
当時は素直に父の言う事が聞けない事もあり、今では申し訳なかったなという
思いでいっぱいです。
そんな父は現在、公式審判員の資格を取り、国体や日本リーグの審判もするように
なりました。
私はそんな父を娘としてとても誇りに思います。
今では、こうやって私の夢であったソフトボール選手として、日立のユニフォームを
着て戦えることを大変誇りに思いますし、こうしてソフトボールを全力でさせて
もらえる環境があることにとても感謝しています。
私達は夢を叶える為にここにいますし、応援してくださる皆様の思いに感謝して
これからも頑張っていきたいと思いますので、これからも応援よろしくお願い
致します。